小泉誠のアイディアスケッチ。心地よさや手ざわりなどの感覚を大切にしている
「大工の手」は大工道具でつくることを前提に考えられている
三浦:デザイナーが描いた図面にもとづいて、家を建てた大工が端材や古材で家具をつくり、その家の住み手に提供する。従来と異なるルートで家具を提供する「大工の手」のプロジェクトを、どうして小泉さんが立ち上げよう思ったのか。そこからお聞きしたいと思います。
小泉:様々な「きっかけ」になればという想いからでしょうか。家を建てた大工が家族のためつくった家具に住み手が毎日触れていれば、家具はもちろん家自体を愛おしく感じてくれる。そんな「きっかけ」になれば嬉しいですし、大工の仕事や価値を住み手が知る「きっかけ」に、また価値観を共有できる工務店と住み手が出会う「きっかけ」になれば理想です。
三浦:確かに住み手と大工は意外と顔を合わせる機会がありません。
小泉:完成前に大工は現場から引き上げてしまいますよね。「大工の手」の家具は、引き渡し式のときに大工から住み手に手渡すといいかもしれません。つくり手の顔が見えると愛着が深まり、永く大切に使ってもらえると思います。
三浦:家具と家を永く大切に使ってもらうこと、そのためにモノとコトの魅力を高めることは、「大工の手」、そして「わざわ座」が目指すところですね。
小泉:ただ、モノとコトで言うと、モノにこそ揺るぎない強さがあるべきだと思っています。まずモノが魅力的で、使ってみると気持ちがよくて、その後でコトの説明を聞いたらともっと好きになった、が正しい順序ではないでしょうか。
三浦:「モノよりコトが大事」などと言われ、ものづくりが「コト先行」になっています。でもコトはモノの魅力を補完するものでしかなく、モノに圧倒的な魅力や揺るぎない強さがないと心は動かない。同感です。
小泉:「大工の手」でも、まず一つひとつの家具が「いいね」と思われないとだめで、そうありたい。そのうえで、「大工がつくって工務店が届ける」といったコトによって、より共感していただけると嬉しいですね。
三浦:コトの魅力はきれいに上手に伝えているけれど実際のデザインや住み心地はいまひとつ、というモノに魅力と強さがない住宅会社も少なくありません。量産メーカーはとくにそうです。
小泉:ものづくりは「頭でっかち」になりすぎるとだめですよね。
三浦:モノの魅力とデザインの力は切り離せません。デザイナーが設計し、大工がつくり、工務店が届ける、という「大工の手」における「分業」の意味と価値はここにあると感じました。
小泉:ものづくりには分業が不可欠だと思います。我々デザイナーは日々鍛錬=トレーニングをしています。たとえば、デザインのヒントとなるコンテンツをどれだけ蓄積しているか、それをどう再編集するか、常に考えているのです。トレーニングを積んでいない人がデザインしても良質なものはできません。
三浦:デザインのトレーニングを積んでいるデザイナーがデザインする。同様に、つくるトレーニングを積んでいる大工がつくり、顧客との関係をつくるトレーニングを積んでいる工務店が届ける。これが合理的で、プロフェッショナルがつながって分業すればいい。つながるためのプラットフォームが「わざわ座」ですね。
小泉:第一弾の「大工の手」の家具は使いやすさだけでなく、つくりやすさも考えてデザインしました。大工が自分の技術と道具でつくれるようにしています。
三浦:家具メーカーとの仕事よりデザイン上の制約が多かったのではないでしょうか。
小泉:制約があったほうが必然的なものができます。合気道と同じですよ。相手の力が強いほうが、それを上手く利用すると遠くに投げられます(笑)。
家具の試作や職人とのコミュニケーションの中でデザインはさらに磨き抜かれていく。
三浦:「大工の手」では、工務店が自分の顧客に家具を届けます。小泉さんは工務店にどんなイメージをもっていますか。
小泉:住宅の仕事で以前いろいろあって、あまりいいイメージがありませんでした(笑)。でも誠実な工務店もたくさんいることがわかりましたし、今回最初に手を上げてくれた相羽建設さんなど三浦さんの周りの工務店はとくに視野を広げようと、トレーニングを積もうとしていますよね。そんなふうに工務店が「ざわざわ」してきていて(笑)、今は可能性を感じています。
三浦:「大工の手」を通してデザインやものづくりのトレーニングをしたいと考える前向きな工務店は少なくないと思います。
小泉:スポーツ選手と同じでトレーニングを続けないと強くなれません(笑)。高くジャンプするには深く屈む必要があって、工務店にとって「大工の手」がそんなプロセスになればいいですよね。これもひとつの「きっかけ」です。
三浦:小泉さんは住宅の設計もされますが、デザインの基本は家具などと変わらないように感じます。
小泉:家はつくり手が責任をもってつくれる、心を込めてつくれる最大の生活道具だと考えています。つまり僕にとって家は大きな家具なので、デザインの基本は家具と変わりません。
三浦:柳宗悦は民藝運動の中で「用の美」「健康な美」という言葉で目指すデザインを語っています。「生活道具としての家」という言葉が出ましたが、小泉さんのデザインにも同じ方向を感じます。
小泉:そうですね、加えて言えば「誠実」といった言葉がイメージに近いように思いますし、「大工の手」は「誠実」であることを大事にしたい。
三浦:言葉足らずですが、小泉さんのデザインにはすっきりとした美しさや愛らしさが備わっていて、その根底に独特の寸法やスケールの感覚があるように思います。それもトレーニングの成果でしょうか。
小泉:寸法の感覚は経験から培われているところが大きいと思いますが、それ以上に、ものづくりをする地域の特色や素材の可能性を最大限活かし、そこに関わる職人さんの技術を誠実に受け取ることを大切にしています。こちらの想いが呼び水となって職人さんが心意気を向けてくれる。「想いのキャッチボール」が大切ですね。
三浦:絶対的な寸法・スケール感に加え、実用を大事にすることがすっきりした美に、つくり手の個性を取り入れることが愛らしさにつながっている、というのが「小泉デザ
イン」かもしれません。乱暴なまとめですが。
「大工の手」発表会場の構成も小泉のデザイン。愛用の筆記具で手を動かして練られた案だ。
三浦:家づくりでは量を追うほど「誠実」であることが難しくなります。家具も同じでしょうか。
小泉:家具でも目指す量を「たくさん」にすると、売ることが目的になり、「売れるデザイン」が求められますね。
三浦:ハウスメーカーの家づくりと同じです。
小泉:限られた量の仕事を、限られた人たちで、顔の見える関係のなかで、丁寧に進めていく。それが「誠実」なものづくりだと思います。ここ数年でいくつかそうしたプロジェクトを手掛けることができました。そのなかで感じたのは「売れるデザイン」ではなく「売りたいデザイン」が大事だということです。
三浦:量を売るために迎合や妥協をするのではなく、自信と誇りを持って自分がいいなと思うデザインを提案するということですね。
小泉:そんな思いで旗を掲げると、それに共感した人が伝えたい・顧客に提案したいと手を挙げてくれる。そんな人たちやそこから購入してくれたユーザーは、共感の声とか使った感想とか、いろいろフィードバックしてくれます。
三浦:僕はすべてのプロは売りたいもの・売るべきものだけをきちんと提案しながら売る「推薦主義」を徹底すべきだと考えています。売れそうなものを売るのはただ商品を並べているだけの「陳列主義」に過ぎず、プロの価値がありません。これからは「推薦主義」じゃないと生活者の心は動かないのではないでしょうか。
小泉:おもしろい言葉ですね。
三浦:ある会社ではそんなスタンスを「売りたい魂」と呼ぶそうですが、このスタンスと商品を吟味する目利き力が小売りの存在価値であり、差別化だと。「売りたいデザ
イン」と同じ文脈の話だと思います。
小泉:「大工の手」ではデザイナーと大工、工務店、そして住み手が同じ価値観・想いでつながり、妥協しないデザインで家具が作られ、住み手に届くことを目指したいですね 。あとは冒頭に触れたように、プロダクトの精度というよりは「きっかけ」の精度を高めるプロジェクトになればと思います。